【イベントレポート】 安楽死・尊厳死をどう伝えるか #2 シャボットあかねさん編

 今年7月、嘱託殺人の疑いで2人の医師が逮捕され注目を集めました。SNSで知り合った筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者から依頼を受け、胃ろうから薬剤を過量投与して死亡させたとされるこの事件をきっかけに、日本国内で「安楽死」や「尊厳死」について議論される機会や報道が増えました。

 そこで今回のイベントでは、この問題に長くかかわってきた各国のジャーナリストや研究者をお招きし、安楽死について今どう考えているのか、この事件をどう見るか、そして「伝える」際に何を注意すべきなのかについて議論しました。

 その内容の一部をレポートします。


シャボットあかね さん 

安楽死、尊厳死をテーマに現在はオランダで執筆活動を行う。著書に『自ら死を選ぶ権利―オランダ安楽死のすべて』(徳間書店、1995)、『安楽死を選ぶ―オランダ・「よき死」の探検家たち』(日本評論社、2014)。直近では、まわりの支えがある中での本人主導を説く、オランダの新しい健康のコンセプト「ポジティヴヘルス」(「オランダ発ポジティヴヘルスー地域包括ケアの未来を拓く」日本評論社2018)と安楽死の関係について取り組んでいる。

先進国オランダにおける「安楽死」

今回の事件についてシャボット氏はまず、「これは安楽死ではない」と断言します。

 シャボット氏の住むオランダは、2001年に世界で初めて「要請に基づく生命の終結ならびに自死の援助法」(いわゆる「安楽死法」)が認められた国です。

 オランダでは、安楽死は「熟慮された本人の要請に応じて、生命の終結を目的に(合法的に)医師が行う医療行為」のことを指します。法律用語では「要請による生命の終結」と表現され、緩和ケアの一環と見なされており、健康保険が適用されます。

 オランダで認められている安楽死の手段は2種類。

①医師による注射
(以下、注射法あるいは狭義の安楽死)
②自死の幇助
(医師が用意した致死薬を本人が自ら飲む、あるいは致死薬が入った点滴のストッパーを本人が開く) 

ただし「要件を守って医師が行う以上は罰せられないというだけで、一般的なケアではないので、患者が安楽死を望んでも医師が断ることはできる」とシャボット氏は付け加えます。

 上記の①②双方を認めている国や地域は、世界でも5ヶ所と少数。スイスのように、「自死の幇助」のみが認められている地域では、今回の事件で死亡した女性のように、自ら薬を飲んだりストッパーを開けたりといった能動的な行為ができない人の場合、安楽死が不可能となります。医師が本人の代わりに点滴のストッパーを開ければ違法となるのです。

シャボット氏は、オランダにおける安楽死の6つの要件を挙げ、「こうした要件は、だいたい(安楽死を認めている)他の国にもありますが、オランダとオランダモデルを採用した国(ベルギーとルクセンブルグ)の特徴は、死期が迫っているかどうかは問わないこと」と述べています。

オランダにおける安楽死の6要件

日本における安楽死の要件は明確だが……

 いっぽうで、日本はどうでしょうか。日本にはいわゆる『患者の権利法』はありませんが、日本国憲法の条文と、厚労省お墨付きの『人生の最終段階における医療の決定に関するガイドライン』をはじめとした複数のガイドラインが存在します。

『憲法第3章第13条』

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

『人生の最終段階における医療の決定に関するガイドライン』厚生労働省

安楽死は範囲外ではあるものの、「本人による決定を基本とする」と明記。個人の意思の尊重がうたわれている。 

 日本における狭義の安楽死の要件は、代表的な判例である1962年の山内事件名古屋高裁判決、1995年の東海大学病院事件横浜地裁判決で明確に示され、現在も概ねこの判例が指標になっています。

 「死期が迫っている」ことが要件に入っている点が特にオランダとは異なるところですが、要件はかなり明確に示されているともいえます。それでも、日本で狭義の安楽死を行ったケースが報告されていない理由についてシャボット氏は、「日本では『耐えがたい苦痛』とか『代替手段がないこと』が重視されているが、何をもって耐えがたい苦痛というのか、どこまで治療をすれば代替手段がないと言えるのかが明確ではないからではないか」と考察。

オランダでは、「本人にとって」耐えがたい苦痛、「本人にとって」他の合理的な解決策がない、というように、本人が判断基準であることが、過去の判決やガイドラインから明らかにされているそうです。

日本では「緩和ケアが発達した今、肉体的苦痛を除去する手段がないとはほぼ言えない」と主張する人もおり、「こうした意見を持つメディアや団体の批判を恐れて、日本の医師は安楽死をしないのかもしれない」とシャボット氏は話します。

 一方、日本では狭義の安楽死は上記の要件で認められているものの、医師による自死の幇助は判決で要件が示されていないので、違法になると解釈できます。

医療[※] 処置の差し控え・中止(日本でいう「尊厳死」)に関してシャボット氏は、「厚労省の同ガイドラインに添って医療処置を中止した医師が有罪になったケースはないものの、現在でも一度始めた延命治療は死亡するまで続ける方針にしている病院がある」と指摘しました。

   ※自死の幇助と「尊厳死」(医療処置の差し控え・中止)はまったく別のこと。

安楽死を遂げるまでに重要なのは「対話」

安楽死のプロセスの中で費やす時間のうち、99.9%は「安楽死ナラティブ」と言われる対話の時間。自分のアイデンティティを振り返り、周囲と自分がつながっている実感を持つ時間です。

「こうした対話を通して、本人も家族も医療者も、満足感を得られる」とシャボット氏は言います。終末期に対話の機会があると、本人が死亡した後の周囲の人のグリーフケアにもつながります。

「人生の最期についての話し合いは自分も周囲も言い出しにくく、後伸ばしにしているうちに亡くなってしまうことがあるが、安楽死は本人の要請を伴うため、そのプロセスで絶対に対話が行われる」。

シャボット氏ご本人も、家庭医と自分の命の始末について話しており、安楽死も選択肢に入れていると語りました。

(増谷 彩)

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