【イベントレポート】伝え方サミット2019「次代のヘルスケア発信を展望する」~医療者による情報発信のメリットと課題、ニセ医学にどう立ち向かう?~

メディカルジャーナリズム勉強会は、2019年12月20日(金)、スマートニュースのイベントスペースにて伝え方サミット2019「次代のヘルスケア発信を展望する」を開催。当日は報道関係者、医師、薬剤師、登録販売者など多くの方にご参加頂き、2019年のヘルスケアのホットトピック、医療者による情報発信のメリットと課題、ニセ医学に関して活発なディスカッションが行われました。

今回、イベントに登壇していただいたのはBuzzFeed Japan Medicalの岩永直子さん、アラバマ大学バーミンハム校 助教授の大須賀覚さん、丸の内森レディースクリニックの宋美玄さん、総合南東北病院外科医長の中山祐次郎さんです。

パネルディスカッションの冒頭で、まずはそれぞれが2019年で最もホットだったと考えるヘルスケアに関するトピック「News of the year」を発表しました。

2019年、最もホットなヘルスケアに関するトピックは?

岩永さん:血液クレンジング問題が炎上

「人生会議のポスターをはじめ心の残るものは他にもあった」と語るのはBuzzFeed Japan Medicalの岩永さん。そんな中で、「非常に影響力のある芸能人やインフルエンサーと呼ばれる人々が誤った情報やニセ医学の情報を拡散し、それに対して我々は何ができるのかを考えさせられた」とこのニュースを選んだ理由を明かしました。

ニュースとして取り上げることがそのニセ医学を宣伝することにつながるのではないか、といった医療関係者からの指摘もあったと語る岩永さん。それでも以前は健康のため、美容のためとうたっていた血液クレンジングが「がんの再発予防」「HIV除去」をうたうまでになっていたことを指摘し、見過ごせない状態にあったと振り返りました。

大須賀さん:朝日新聞における医療広告問題

大須賀さんは、朝日新聞に掲載された広告が患者さんに明確な被害を与える前に、 謝罪に至ったことに触れて、「多くの医療者が SNS で批判したことがきっかけで、すぐに謝罪につながったことは画期的だった」と強調しました。

常態化していた新聞における医療広告の問題を振り返り、「これまでもこうした広告はいっぱいあった。 OOを食べればがんが治るといったような本の広告が山ほど掲載されていた。それを見た患者さんが、「新聞に出ているなら正確な本だろう」と手にとってしまう。これが何度も繰り返されてきた」

「今までも批判をしてきたが何も変わらなかった。情報発信する医療者が増え、それをシェアしてくれる人も増えて、 SNSでの空気感が変わった。その結果としての変化だった」と話しました。

宋さん:出生数90万割れ

「関わってきたジャンルですごい今更感あるニュースがこれ」と語り、宋さんがNews of the yearに選んだのは「出生数90万人割れ」のニュース。

2016年に100万人を割り、わずか3年あまりでさらに10万人以上出生数が減ったと指摘しました。宋先生は自身が内閣府で委員を務めていた際の出来事を説明しながら、長いこと出生数の減少や少子化を危惧する声が聞こえていた中で「手遅れにならないと危機感を感じない」とコメント。

「問題意識を本当の自分事として持ってもらうことの難しさ」、「ネットには力があるが、限界も感じる」と語りました。

中山さん:京アニ事件容疑者治療と医者の裁量

医師を続けながら小説を執筆する中山さんは京都アニメーションの放火事件以降、多くの取材を受けた体験をもとにこのトピックを選んだと話しました。

「30人以上の人を殺した容疑者が病院にきたとき、見殺しにしたり、不十分な治療をすることは医者の裁量なのだろうか」、そんな疑問を突きつけられたと振り返る中山さん。

救急で働いていた際に、他の人に暴行をした人が患者として運ばれてきたときに複雑な感情を抱いたことを明かした上で「医療の最前線で働く人々の生命倫理とはどのようなものか、深めていきたい」と語りました。

医療者の情報発信、そのメリットと課題とは?

大須賀さんは2018年3月からブログやTwitterで本格的な情報発信をスタートしたそうです。その後、その情報拡散力のすごさに気付いたと言います。

「朝日新聞の広告の件では、勝俣先生が一言発信したことが数十万人に届いた。そのパワーはすごく感じます」

その反面で感じる課題にも言及しました。

「特に思うのは、我々発信している人たちがあまりにもリスクを負っているということです。発信をすることで、時には反医療的な考えを持つ人から辛辣な攻撃を受ける。組織でなくて個人で行うとリスクヘッジがされない。個人に全てがかかる。ただ、現状の問題を変えたいという思いがあって、私も他の方も発信を続けていますが、このような形が持続的なのかについては疑問を感じています」

こうした大須賀さんの疑問に答えたのは、2008年から情報発信を続けてきた宋さんです。「大須賀先生の言うことはわかる」とした上で、自身の体験を語りました。

「全て私が矢面に立つ、だから批判もくる。同業者にも温かい目で見ていただいていると感じますが、時にはこういう説明が足りないといった指摘もきます。それにニセ医学や都市伝説みたいな情報を叩いていると、何かの批判ばかりしていると嫌になってしまう」

以前指摘した「血液クレンジング」のような誤った情報がなんども拡散されることに力不足を感じることもあると言います。

そんな中で中山さんは「発信する医療団」というグループを結成し、情報発信を行っています。「宋先生は大先輩。背中に矢がたくさん刺さってると思うんですけど、そういう辛い思いをたくさん経験した発信者がいる」と言及。「一人でやっていても苦しいことが多すぎる」という思いで「発信する医療団」を作ったと振り返ります。

「まずディフェンス力を上げたいと思ったんですね。失敗をしない、正確な発信をすることが一番大事です。常にピアレビュー、他の医者がチェックをした上で公開すると言うシステムを作りました」

他にも誹謗中傷にあったとき、支え合うコミュニティとして「発信する医療団」が機能していると明かしました。

医療者の情報発信が増える中で、メディアはどうあるべきか。「医療記者は何をすればいいのか考えてしまう」と語るのは岩永さんです。

医療者側の目線で情報を発信する医療者が増える中で、患者や行政など様々な視点での情報が必要になると語ります。

「いろんな視点を入れて俯瞰するような記事は医療記者なら書けるかもしれない。患者さん自身もnoteなどを使って直接、情報を届けています。患者さんの思い、ご遺族の思いを直に発信できる時代なので、その中でじゃあメディアはどうするか。いろんな人を取材して俯瞰してもられる、しかもその出来事が起きるまでの歴史をある程度知っていたりと、専門性がますます問われていくのではないでしょうか」

宋さんはこうした岩永さんの意見を受けて、「医療発信者側からするとメディアと我々は役割が違うと思う」とコメント。メディアには問題提起や速報性、いま社会が何を求めているのかといった情報発信を期待していると語りました。

また大須賀さんは医療者だけに発信を担わせることには無理があると指摘。現状は本業で多忙を極めるなかで、プライベートの時間を削って情報発信を行う人が多いと、その実態を明かしています。そんな状態が安定した形なのか疑問を抱いているとした上で、「本業として医療情報発信をする人をもっと作らないといけない。日本のメディアの中で医療情報発信のプロを作らなくてはいけない」と話しました。

「これだけ医療情報を求めている人がいる。ニーズはある。ちゃんと持続可能な形を構築しないといけない。医療者が自分たちで発信すればそれでいいじゃん、ってなるのはおかしいと思うんです。個人の情報発信には常に信頼性においても限界があります」

ニセ医学にどう立ち向かう?

大須賀さんは「ニセ医学と簡単に断定するのは難しい。未承認治療にはグラデーションが存在する。どの医療者が見てもこれはダメだと思われるものから、結構しっかりとした新治療まであり、白黒の線引きを簡単につけられない」とその現状の難しさを説明します。

「具体的な治療に対して、一つ一つを批判するのは非常に難しい。(ニセ医学に分類されるような情報は)がんの世界では膨大な量、しかもバリエーションも凄まじい。個別のものを叩いてもキリがないし意味がない、また個別のものを叩くと訴訟リスクを負うので、個別のものを叩くということは基本的にしていません」

その上で標準治療を否定するものには気をつけましょうと発信して、情報を受け取った人が自らのアンテナで危うい情報に気付くことができる状態を目指していると言います。

宋さんは「強い言葉で言ったほうがリツイートされるけど、丁寧に言うとそんなに広がらない。産婦人科医のアカウントですごく言葉の強い人の言葉は拡散するんですけど、私はそんなに強い言葉で書かない。この辺にモヤモヤがあります」と日々の発信で抱く悩みを吐露しました。

それでも、以前と比べて情報発信を行う医療者が増えたことはプラスの出来事です。

「いろんな発信者が同じ方向を見ている。やり方が違うだけ。全ての矢面は私という数年前と比べて良い状態にあると思います」

同じように情報発信を行う医療者の増加が良い循環を生みはじめていると中山さんも語ります。

「ヤフーニュース個人でも医者の執筆者が増えてきました。何か医療に関するニュースが出た時、ヤフーニュース個人を確認すると、必ずもう誰かが書いている。この世界が変わってきたなと感じています」

医療者による情報発信も増える中で、岩永さんは「もぐら叩き」のような情報発信も重要だと改めて訴えました。

「SNS上で話題になる医療情報には様々なものがあります。例えば、キャベツを頭に貼って熱を下げたり、胸に貼って乳腺炎を治療するとうたうキャベツ湿布というものが流行りました。こうした情報が誤りだと発信する際にニセ医学の法則にはどのようなものがあるのかという情報も織り交ぜて発信するようにしています。そうすることで情報を受け取ってくださる人々が徐々にリテラシーを身につけ、情報を見分ける目をつけていく」

「ニセ医学批判と合わせて書くようにしているのは、なぜその人はその情報に惹かれたのかという背景です。主治医と関係がこじれた、主治医から冷たい言葉を言われて見放されたように感じた、希望が打ち砕かれた。その結果、自分で必死に情報を探す。そんな中で優しい言葉をかけてくれるところに行き着いたというケースがすごく多いと思うんです。発信は大事、でも目の前の主治医のコミュニケーションもすごく重要だと繰り返し書くようにしています」

一方で「主治医はいいことを言ってあげたくても言ってあげられないことが多い」と宋さんは実情を紹介しました。医療者は「標準治療だと厳しい」、「不妊治療でも妊娠が厳しい」といった情報を伝えなくてはいけません。

「標準治療の限界を迎えた時に、次に行えるものとして臨床研究を勧めるのは一つの手段。しかし、アメリカと比較して臨床研究のチャンスが少ない」と大須賀さんは日本の医療の構造上の問題も指摘しました。また、「患者さんは何かを行えることで安心できるという面もあって、それらを全否定することは患者さんの希望を奪うこともある」と言及しました。

酷いものは規制するべきという意見も存在し、中山さんもこうした意見を支持しています。ですが、明らかにブラックな詐欺的な情報は問題化しやすい一方で、グレーな情報をどう扱うかが難しいのが現状です。

根底には医療は万能であるという誤ったイメージが存在しています。医療者そしてメディアに突きつけられているのは、医療の限界をいかに伝えていくのかという課題です。

(千葉 雄登)

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